「ドレスライン!」
たった8分間のショウを一つ作り上げるだけの過程で、この言葉ははたして何回繰り返されるのでしょうか。
マーチングショウの作成には、各メンバーの立ち位置を記した、セット・ドリルシート・コンテなどと呼ばれる設計図を使用します。 楽器を吹き・叩き・手具を振りつつ、当然のごとく視線は観客へと向けながら、それでも我々はオーダー通りの立ち位置を目指して歩かねばなりません。
「この角度のラインは合わない!」
「この距離を…4歩で?」
「ポイントから右に3.4歩、前に0.25歩…」
体育館には、メンバーの阿鼻叫喚が響き渡ります。 当然、時には大きな、時には細かなラインのずれが生じます。 そこで、練習において、各図面ごとに動きを止め、そのずれを修正していくのです。 その際に発せられる掛け声が「ドレスライン=整列」です。
9月に入り、今年のJOKERSのショウ作りも、いよいよ山場を迎えました。 8月にアメリカにて行われたDCIからの帰国組も練習に参加し、ショウの全体像が見えてきたところです。 様々な中学や高校・マーチング団体・ドラムコーで異なる経験をした一人ひとりのメンバーたちが、JOKERSというチームを好きになり、同じ色のショウを作る。 とても味のある、混沌とした、面白い時間を過ごしております。
さて、アメリカからの帰国組と話をしていて、気づいたことがあります。 アメリカでは、マーチングショウにおいてはアメリカンフットボールのフィールドが主に使用されます。そのため、地面にある目印となるものは、観客席と垂直の方向に引かれる5ヤードごとの縦線と、中央部に2本だけ引かれるハッシュマークと呼ばれる横方向の線だけなのです。ですから、アメフトのフィールドにおいては、「前のハッシュマークから14歩前」などというオーダーがなされるのです。静止時であれば、正確に位置を測ることもできます。しかし、ドラムコーにおいては、演奏をしつつ、様々な方向に動きながら、その位置を目指すのですから、正確に到着するのはほぼ不可能です。ドリルを表現するのに頼りになるものは、隣を歩くメンバーの位置だけです。
一方、日本のマーチングフィールドには、体育館が使用されることが多いです。そこには、5メートル四方の正方形の頂点ごとに目印が用意されます。そのため、数歩進めばすぐに目印が目の前に現れます。ともすれば、隣のメンバーの位置よりも、地面の目印を気にしてしまいがちになります。アメリカのそれと比較すると、日本においては少しばかりドレスラインの重要性が低くなっているように感じます。
以上のような違いはあるものの、いずれにせよ避けては通れない、様々な図形を形作る中で生じるズレ。 その修正のために必要となるのが「ドレスライン」なのです。 演奏をしつつ歩きながら、隣のメンバーとの距離を感じる。 隣のメンバーがいつもより少し前に出ていると思えば、自分も少しだけ前に出てそのズレを修正する。 マーチングショウにおいては、そのような言葉を介さず行われる会話が、ショウ中の各動作・各図面ごとに行われているのです。
まるで見えない糸で結ばれたような、統率された動き。メンバー同士のつながりを感じる、素敵な瞬間。 時に生じる理想と現実の間の葛藤を、決して自分勝手になることなく、共に歩く友の力を借りて解消する。 「ドレスライン」とは、ドラムコーそのものの象徴と言えるのではないでしょうか。
いよいよ三週間後に迫ったファーストショウ。 今年は、どんな方に観ていただけるのでしょうか。 メンバーの家族。 メンバーの友人。 JOKERSファンの方々。 来年こそはJOKERSの一員に!と考えて下さっているそこのあなた!
我々の練習の日々を、仲間と過ごしてきた温かな時間を、皆さんにぜひ感じていただきたい! 完璧なショウを、皆さんに披露したい! 何よりも楽しい8分間を、共に過ごしたい!
そう思って、今日もJOKERSのメンバーは、大きな声でこう言うのです。
「ドレスライン!」
Contrabass 山本昌範